「丸高万柳」(12)

エッセイ

山奥の寺を想像していた私は、勝手が違ってしばらく茫然と立っていた。

私が千葉の館山まで実際に足を運んだのは、十月の下旬になってからである。昼過ぎの特急で館山に着き駅前の店で食事をした後、タクシーで来福寺へ向かった。

まず作品の掲載誌を借り、近くの店でコピーを頼むつもりだったが、来福寺には大型のコピー機があり、伸子さんが朝からコピーをしてくれていた。

私はせいぜい7,8篇と思っていたが、「文学者」や「早稲田文学」を合わせるとかなりな数になり、分厚いコピーの束が出来ていた。

帰りにそれをもらっていくことにし、早速伸子さんの運転する車で観音院に案内してもうことにした。車は秋の日差しがいっぱいに降り注ぐ山里の舗装路を走った。

細かく区切られた田圃は稲刈りが終わっていたが、ところどころに荒れ果てた畑があり、セイタカアワダチ草が我が物顔に生い茂り、黄色い花を咲かせていた。

私はあたりの風景に見とれていたが、車は5,6分も走ると舗装路をそれ、畑の中の道に降り、右に曲がると、そこはもう生垣に囲まれた観音院だった。

山奥の寺を想像していた私は、勝手が違ってしばらく茫然と立っていた。 「ちっとも山奥じゃないし、あばら家でもないじゃないの」私は柳子さんに不満の一つも言いたくなっていた。「いいところですね」と伸子さんに思わず言ったが、お世辞でも大袈裟な言葉でもなかった。

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