「丸高万柳」(11)

エッセイ

このままでは消えてしまう作品を一応保管しておきたい。

柳子さんが観音院で暮らすようになって、どんなところか見てみたくて私は遊びに行きたいと言った。

「来てもいいけどトイレが外なんだよ。夜なんか怖くて行けないだろう。いちいち付き合ってやるのも面倒だしな。来年トイレを直すことにしているから、それが出来てからおいで」とあっさり断られた。

私は田舎で育っていてトイレが外だろうと、水洗でなかろうと驚かないが、都会育ちの柳子さんにとってはうつとおしいことだったのだろう。

甥の佐野さん夫婦は柳子さんが小説を書いていたことを知らなかったというので、私は「柳子さんの本棚に私の『「雪女」伝説』という本があれば読んでみてください」とはがきに付け加えた。

『「雪女」伝説』は森万紀子さんのことを書いた本だが、柳子さんのこともかなりな比重で出てくるのである。

それを読んだ奥さんの伸子さんから、柳子さんの夥しい本や手紙類を整理したいので一度見て、必要なものがあれば持って帰って欲しいと言ってきた。

柳子さんは一冊の本も出さずに亡くなった。私に柳子さんの本を出すだけの力はないが、このままでは消えてしまう作品を一応保管しておきたい。それが後に残った者の務めで、それくらいのことはしてもいいだろう。私はそう思って、引き受けることにした。

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