「丸高万柳」(8)

エッセイ

スラックスに黒い背広、ベレー帽

あれはいつだったか、しばらく顔を見せなかった柳子さんが、スラックスに黒い背広、ベレー帽といういつもの姿で久しぶりに現れ、「柳子、坊さんになった」といきなりベレー帽を脱ぎ、私を驚かせた。

高野山に修行に行っていて帰ったばかりだということだった。

柳子さんの略歴には「昭和57年3月31日智山専修学院卒業」とあるから、多分その数日後である。

「え?何で?」坊さんになることについては、それほどの驚きはなかった。

すでに小説家仲間では瀬戸内晴美さんが得度していた。今は坊さんになっても厳しい戒律があるわけではなく、瀬戸内さんもそれまでと変わらない旺盛な執筆活動をしていた。

柳子さんの場合はお姉さんがお寺に嫁いでいて、そのお姉さんに勧められ山崎栄海さんとなり、お姉さんの寺の末寺を任されているということで、完全に生活のためだった。

しかし修行から帰ったばかりで顔色も青白く、やつれたように見えた。

「夕食の買い物に出かけるところだけど、一緒に行こう」と言うと喜んでついてきた。柳子さんのために張り込んでビフテキでもと肉屋の前に立つと、「お肉なんか買わないでよ。胃が受け付けなくなっているから。

柳子、お豆腐がいい」というので、湯豆腐にすることにし、他に精進揚げを買っただけだった。

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