人生の達人

エッセイ

篠田桃紅  イスラエル死海

昨年(2021年)3月亡くなった書家の篠田桃紅さんのモットーは「我慢しない」「期待しない」「逆らわない」であったと聞いている。

「我慢しない」のだからストレスがたまることはないし、愚痴をこぼす必要もない。「期待しない」のだから、裏切られたり、人を恨むこともない。そして成り行きに任せるのだから、「逆らう」必要もないのである。

 まさに人生の達人で、何事も自然に任せて、ぽっかり水にでも浮かんでいるような心境だろうと思いながら、私は死海で浮遊体験をしたときのことを思い出した。

 イスラエルに行ったとき、死海の傍のホテルに泊まった。部屋で水着に着替え、裏庭に出れば湖はすぐそこである。

 ツアー仲間たちは仰向けになって、気持ちよさそうに水に浮かんでいた。

 私も恐る恐る入ってみたが、海水の十倍の塩分濃度だから、確かに体は浮く。が、水泳の心得のない私には、体を水に預けて仰向けになるなど、怖くてとてもできなかった。 自然に任せて生きるのは、やさしいようで難しいのだ。

「自由に生きて、したいことをする。それを苦労とは思わない」とは人生の達人の桃紅さんの言葉であるが、私などはしたいことをする勇気もなく、いつも不満や愚痴ばかり言っている。人生の達人になるには、死海での浮遊体験よりまだ難しそうである。

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