シナリオ研究生の頃(2)

エッセイ

「彼の言うことを書き留めるだけで、一冊の本が出来るわ」

 グループの一番年長の池田さんは、中学生の息子を持つ主婦で、息子さんの言うこと為すことすべてが新鮮で驚きに満ちていて、「彼の言うことを書き留めるだけで、一冊の本が出来るわ」と手放しで息子や夫の自慢をする、幸せを絵に描いたような人だった。世話好きで若い人たちの相談にもよく乗っていた。

年齢から言えば次は私だが、三十代半ばを過ぎて一人暮らしで、何をしているかわからない人という印象だっただろう。が、美人でも派手でもないから、憎まれることはなかった。

そして女子大を二年ほど前に卒業し、就職もしないまま関西の家へは帰らないで、学生気分を楽しんでいる園田さん。

美人だし服装もセンスが良く、シナリオ教室には似合わないのだ。「なんでこんなところに来ているの?早くいい人を見つけて結婚しなさい。それが一番幸福よ」と池田さんに言われていた。

が、本人は下町の工場で働く少年の話を書きたいと張り切っていた。「人は自分にないものに憧れるっていうけど、本当ね」とは池田さんの嘆きである。

それから法政大学を昨年卒業し、就職先を探しているとかいう富岡さん。彼女は園田さんとは正反対で暗い感じで、倦怠期の中年の夫婦の話を書きたいと言っていた。

みんなシナリオライターになれたらなろうというぐらいの気持ちで、私も含めて真剣にシナリオライターになろうと思っている人はいなかった。

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