シナリオ研究生の頃(5)

エッセイ

何とかしてシナリオのほうで認められたかった

「コップの中で」は戯曲誌の「新劇」に送っておくと、当時編集に携わっていた田中千禾夫さんが掲載してくれ、のちに別冊「一幕物珠玉集」にも再録してくれた。

 まだテレビもなかった昭和20年代の終わり頃、四国の田舎の家でラジオ中継の田中千禾夫さんの『教育』を聞いた。大塚道子さんが演じていたが、声を聴くだけである。

それでも感動して、東京に出たいと切実に思った。

その田中千禾夫さんに認められ、俳優座戯曲研究会にも入れてもらって嬉しかったが、戯曲を書いていたのでは生活できない。だから何とかしてシナリオのほうで認められたかった。

シナリオ教室では6ケ月の間に、シナリオを2本書き、希望するシナリオ作家に読んでもらうことが出来る。

と言っても前もって了解を得ておかないといけないから、みんな作品を書くより読んでもらう先生を探すことに熱心だった。

シナリオ作家などとは縁がなさそうな私たちのグループの人たちも、それぞれ何らかのコネはあるらしく、早くから読んでもらう先生だけは決めていた。

私がそのことに驚くと、学校の先輩とか、叔父さんの知り合いの人とかに、私のことを頼んであげると言ってくれたが、私は言葉を濁して頼まなかった。

少なくとも彼女たちの作品よりいいものを書く自信があった。同程度の作品には見られたくなかったのだ。

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