人に聞かせてこそ

エッセイ

本居宣長「石上私淑言(いそのかみのささめごと)」

 本居宣長は著書「石上私淑言(いそのかみのささめごと)」にこういう意味のことを書いている。

「すべて心に深く感じた事は、人にも聞かせたくなるものである。聞かせたとしても、人にも我にも何の利益もないが、聞かせたくなるのは自然の事で、歌も同じようなもので、人に聞かせることが一番大事である。この理屈を知らない者は、ただ自分の思うことを有りのままにいうことこそ真実の歌だ、人に聞かせたりするのは邪道で、真実の歌ではないなどという。これは一応もっともらしく聞こえるが、歌という物の真実を知らぬ者の言うことである」

物書きの仕事をしている私は、時折この言葉を思い出し、「人にも我にも何の利益もないが」に実際その通りだと思い、しかし「聞かせたくなるのは自然の事」で、自然の事をしているのだからと安心したりする。

それにしても、歌は自分の思うところをいうものではなく、人に聞かせるものだとは、何と見事な言葉だろう。小説と歌と聞かせ方は違うにしても、結局は心に深く感じたことを、人にも聞かせたいのである。それなのに多くの人は人に聞かせるということを忘れて、自分の思う所をありのままに述べればそれでいいと思っている。人に聞かせるにはどうすればよいか、その工夫こそ表現力なのに、それを忘れているのである。

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