不意に行く手の夜空に
日本でならもう二千円分は走ったと思うのに、タクシーは相変わらず民家や小さな店が続く裏通りを走っている。
一度英語で「まだ遠いのか」と話しかけてみたが、運転手は返事をしなかった。これでは行き先を知っているのかどうか確かめることさえ出来ない。次第に不安が募ってきたが、その時不意に行く手の夜空に、ライトアップされた観覧車が見えてきた。
第二次世界大戦が終わって間もない頃、封切られた映画に「第三の男」というのがある。ウイーンを舞台にしたその映画に、この観覧車が出てくるのである。その映画を見た時からウイーンと言えば私の頭には観覧車が浮かび、観覧車私にとってはウイーンの象徴みたいなものだった。
宿泊しているホテルの近くのプラター公園にあり、朝出てくるときは左手に眺め、帰るときは右手に見ていたのである。その観覧車がゆっくりと回っている。
自分では気がつかなかったが、やはり不安で心も体もがちがちに緊張していたのか、無事ホテルへ帰ってきたのだと思うと、緊張が解け思わず涙ぐみそうになっていた。
あれからもう二十年余りになるが、今も目をつむればライトアップされた観覧車が目に浮かぶような気がする。
次にウイーンに行ったとき、乗り替え駅を確かめ、無事一周してリベンジを果たしたのは言うまでもないことである。
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